消費税の時限的な一部減税、新リース会計基準への対応など、2026年以降は制度改正が相次ぐ。企業の情報システム部門にとっては、制度変更ごとのシステム改修や事務変更に加えて、どう制度対応の負担を軽減していくかという視点で基幹系業務システムのあり方を見直す機会だ。
制度改正への対応を難しくしているのが、日本企業の基幹系システムに根強く残る独自開発の存在だ。日本企業は基幹系システムに自社固有の要件を取り込むために、業務パッケージの標準機能を改変するカスタマイズや独自の追加開発(アドオン)プログラムを積み上げてきた。これが制度改正のたびに改修コストを増やしたり、新しい制度にシステムを十分に対応させられなかったりする要因となっている。
実業務との「差を埋める」から実業務を「合わせる」へ
度重なる制度改正への対応の鍵を握るのは、基幹系システムを構築する際に利用する業務パッケージと実業務に対する考え方を転換することだ。従来は、現行の業務プロセスとパッケージの持つ標準業務プロセスとの差分を洗い出し、不足する機能を独自開発する「フィット・アンド・ギャップ(Fit and Gap)」のアプローチを採る企業が多かった。近年はこれに代わって、パッケージの持つ標準機能に企業の実業務をできる限り合わせる「フィット・トゥ・スタンダード(Fit to Standard)」のアプローチへ舵(かじ)を切る企業が増えている。
多くの公認会計士が在籍し会計・財務分野に強みを持つレイヤーズ・コンサルティングは、パッケージソフトを標準機能のまま導入するFit to Standardのメリットについて、制度対応に加えて「パッケージベンダーが提供する新機能をタイムリーかつ妥当な価格で適用し続けられる点だ」(DX・ERP事業部の野路令偉事業部長)と説明する。
アビームコンサルティングで財務会計を中心に基幹系システム導入を支援するEnterprise Transformation Business Unitの大谷俊英Director(ダイレクター)は業務システムの知見継承が難しくなる観点からも、パッケージの標準に合わせる方が合理的だと説く。「労働人口が減る中で、自社独自のこだわりを知っている熟練者も社内にいなくなっていく。今のタイミングでFit to Standardをベースにした基幹系システムを構築しないと、保守運用体制の維持ができなくなっていく」(大谷ダイレクター)
もちろん制度改正対応でも、Fit to Standardのメリットは大きい。特にSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)型の ERP(統合基幹業務システム)はバージョンアップの頻度が四半期ごとなど、きめ細かい傾向にある。SaaS型ERPの多くは、頻繁なバージョンアップを通じて法改正パッチを提供する。こうしたパッチは通常のサービス料金や保守サービスの範囲内で提供されるケースが大半だ。バージョンアップが容易な標準機能を維持した形で導入すれば、法改正のパッチをすぐに適用できるため、制度改正へのコストを大幅に抑えられる。
独自開発の場合に考慮すべき、テスト工程や稼働リスクを排除できる点もメリットだ。ベンダーが制度対応に必要な機能の設計・テストを完了しているため、通常は初期からトラブルなく稼働が期待でき、保守コストも圧縮できる。こうした制度対応を進めながら、最新のセキュリティーパッチやAI(人工知能)などの新機能も取り込める。
基幹系システムを部品化する
これまで見てきたように制度改正や新技術への対応を考慮した場合、単一のSaaS型ERPなどを変更せずに導入することが理想だ。しかし現実には、単一のSaaSや業務パッケージで企業の全ての実業務をカバーすることは難しい。そこで得意分野の異なる複数のSaaSや業務パッケージの組み合わせを前提にするなど、カスタマイズを排した上で基幹系システムを構築する手法を採る必要がある。
得意分野の異なるSaaSやパッケージソフトを組み合わせて基幹系システムを構築する考え方を「コンポーザブル(部品の組み合わせ)」と呼ぶ。例えば財務会計システムを構築する際に、国や地域ごとに制度が異なる税務や資産管理の機能を組み合わせるといった方法だ。基幹系システムを構築する当初からコンポーザブルの考え方を取り入れることで、SaaSやパッケージソフトの標準機能を生かしやすくなる。
もう1つの重要なのは、Fit to Standardで複数の業務パッケージやSaaSを導入し、パッケージ間の連係や独自機能の開発をパッケージの外側で行う方法を取り入れることだ。パッケージにカスタマイズを加えない「クリーンコア」を保つことがポイントになる。
財務会計、販売管理、在庫管理などの主要な業務に関連する機能は、全てクリーンコアを維持したまま導入する。一方、独自要件はこれらの標準機能(コア)の外側で開発し、コアに影響を及ぼさない。1つめのコンポーザブルの考え方を合わせて実践することで、カスタマイズを押さえ、バージョンアップをしやすい形を維持できる。
例えば、レイヤーズ・コンサルティングが基幹系システムの構築を支援したある製造業は、財務会計や販売管理などはERPの「コア」を利用したのに対して、生産実行管理(MES)や高度スケジューラー、貿易実務などの機能はERP本体とは独立した形で構築した。ERPとは別の専用パッケージや別システムとして構築したことで、ERP本体は最新バージョンを適用しやすくできたという。
大企業向けのERPパッケージは海外製品の採用が進んでいる。一部で日本制度への対応が不足することもあり、これらを日本のITベンダーが提供する専門パッケージで補う組み合わせも普及しつつある。
2027年4月に上場企業などへの強制適用が始まる新リース会計基準への対応はその1つの例だ。契約のリース該当性判定をAIを用いた新サービスや国産の専門パッケージに委ね、判定後のリース資産計上やキャッシュフロー計算をERPパッケージを用いた財務会計システムに取り込むといった方法を採る企業もある。
パッケージそのものに制度対応の機能が不足した場合には対応に苦慮する。特に世界展開する海外製パッケージは日本固有の制度に一部で対応が不十分だったり対応に時間を要したりする場合がある。パッケージのベンダーに近い導入支援のITベンダーやユーザー企業が直接に働きかけることで状況が改善することもある。
アビームコンサルティングは新リース会計基準への対応に当たり、独SAPに対して財務会計モジュールの機能追加を求めたという。日本が導入する新リース会計基準に対応する際に必要となる、資産判定の結果を取り込むための機能が不足していたためだった。大谷ダイレクターら同社の専門チームがSAP本社の製品開発担当者と直接コミュニケーションをとり、日本の制度対応のために必要なことを説明。これにより、SAPの財務会計モジュールでは、2027年4月の適用時期まで余裕がある形で、日本固有の要件を標準機能の拡張やパッチとして提供されるようになった。
AIエージェントが制度を理解し改修
業務パッケージへのカスタマイズが多い企業や、独自の基幹系システムを構築・運用している企業にとって、制度改正への対応負担を軽減できる可能性がある技術も登場し始めた。生成AIに基づくAIエージェント技術を活用することだ。現在は発展途上だが、数年内には現実的な解決策になりそうだ。
適用方法の考え方は大きく2つある。制度改正や新制度の内容をAIに解釈させて、基幹系システムの改修開発をAIエージェントで大幅に効率化する考え方。もう1つは制度改正に伴って変更が必要な業務や複雑化した業務そのものを、AIエージェントに支援させて自動化を実現する考え方である。
1つ目の制度変更に伴うシステム改修をAIで自動化する技術は富士通が2026年2月に発表した。AI駆動開発に基づくソフトウエア開発基盤「AI-Driven Software Development Platform」である。現在は診療報酬など改定が頻繁に起こる医療や一部行政分野で適用を進めている。富士通は民間企業の財務や税務、その他産業分野にも適用できる技術だとして、2026年度中にも適用分野を広げていく方針だ。
このサービスを使うとシステム改修プロセスは次のように変わる。まず改正内容を記述した法令や制度の文書の内容をAIに読み込ませる。その知識を得たAIは既存システムの設計書と照合し、変更が必要なコードを探し出し実際に改修のコードを生成する。この際に役割を分けた複数のAIエージェントを使い、コードを生成するAIと、コードの品質を検査するAIが二段に分かれて工程を進めることで品質を高めたという。
最終確認は専門のSEが行うものの、大幅な工数圧縮が可能だという。従来の手法では制度改正を理解する設計者や実装を担当するプログラマーなど多人数のチーム編成が必要だ。一例では、3人月かかる改修作業を、AIだと4時間に短縮できたと富士通は説明している。2026年度から適用される診療報酬改定に伴う電子カルテシステムの修正など、多数の医療情報システムで実績を積んでおり、今後は適用領域を急速に広げたい考えだ。
2つ目のAIエージェントに制度改正に関わる業務を代行させる取り組みは、ファーストアカウンティングが技術開発に取り組んでいる。同社が開発した「経理AIエージェント」は財務会計の様々な業務で利用できる汎用性を備えるという。まずは新リース会計基準で、リースに係る契約の自動判定から導入するが、用途を順次拡大していく方針だ。
経理AIエージェントを用いた業務は、新しい制度が出るたびにシステム改修ではなく、制度ルールをAIに教え込み、判断を要するような業務を自動化する。リースに関わる物件の判定のほか、例えば、中小受託取引適正化法(取適法)の対象になる取引先かどうかの判定基準を当てはめたり、今後多くの開示が求められるESG(環境・社会・企業統治)開示の要件を自動分類したりできるという。
会計・財務の知識を学習させていった結果、同社の経理AIエージェントは日商簿記3級・2級で正答率100%、1級で99.8%、公認会計士試験の短答式4科目で満点を取るまで精度が向上したという。森啓太郎社長は「財務会計というドメイン特化で開発したことで、汎用のLLM(大規模言語モデル)よりも業務での実用度は高い」と用途拡大に意気込む。
制度改正の頻度が加速する中で、標準パッケージのほか、AIも業務負荷を軽減できる有力なツールになる可能性を秘める。同様の試みは他のベンダーにも広がっている。ユーザー企業には有力な選択肢となりそうだ。
